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ラッキー琢磨の徒然草

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変更

ステファン・ベロフ

これからのF1は、欧州圏以外のレースも増えてよりワールドワイドなものになるだろう。今のF1に必要なのは、共産圏のドライバー、有色人種のドライバー、ドイツ人のワールドチャンピオンだ

f0132683_18164242.jpgはあー、週末はドイツGP、今をさかのぼる20数年前、F1ターボの全盛期ポルシェ、BMWドイツエンジンメーカーが、ブイブイいわせるも・・・ドイツ国籍のF1ドライバーは居ずに、フランス・イギリス人勢が幅を聞かせていた時代に当時のバーニー・エクレストンの一言。『ドイツ人のワールドチャンピオンが必要だ・・・』未だに根強いF1ファンはいいます彼はセナよりも速かった

当時のドイツにとってのF1は、有力エンジンメーカーこそあれ、ドライバーは不毛・・・当然F1の人気も今ほどではなく、口の悪いイギリス人ジャーナリストなんかは『ドイツは車(エンジン)は優れたものを造るけれど、人間(ドライバー)は、ダメだね』みたいな事をいってたもんです。そんななか、セナと同じく84年にデビューしたステファン・ベロフはあの伝説の84年モナコGPで、プロスト、セナに続く3位!セナを上回るペースで走り続け、赤旗によるレース短縮がなければセナ・プロストを抜いて優勝したのは計算上は彼だったんですな(O_O)速いドライバーだったんすね(¬ ¬) まあ、雨のなか他の有力ドライバーが、当時のターボエンジン独特のターボラグに苦しむ中、ただ1台ノンターボエンジンで走る彼の車のエンジンはドライバビリティに優れた為それが、アドバンテージになったなんて言う見方もあるのは事実ですが・・・(同じ事は、非力なハートエンジンで走ったセナも同様)

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そんな、モナコ3位の記録も後に彼のティレルの車に車体違反が見つかり、彼(というよりティレルチーム)は全戦失格、彼の輝きの記録も闇に埋もれる事に・・・彼には落ち度の無いことなので、そこがまた不憫(*_*)そして、翌年のスパで行われた耐久レースの最中あのオ・ルージュで激しいクラッシュ!!ドイツ人初のワールドチャンピオン候補と期待された才能は帰らぬ人に・・・
彼の死後から9年後、顎の曲がったドイツ人がドイツ人初のワールドチャンピオン獲得!そして、その年に彼と同じく84年デビューのセナが亡くなるのもなにかの因縁なんだろうか・・・

マニアの独り言・・・
もし彼が、生きていたらその後の訪れる四天王時代(ピケ・プロスト・マンセル・セナ)にも大きな影響を与えたとよく言われます。うーん確かに、彼は元々Cカー耐久レースでメキメキ頭角を現したドライバー、当時のF1ターボの給油不可、燃料制限有りのレギュレーションは彼のドライビングスタイルはバッチリあったと想われ・・・また、ポルシェとのつながりも深かった彼ですから、プロストのチームメイトとしてマクラーレン・ポルシェで走る・・・なんてチュートリアル徳井バリの妄想で楽しくまどろむマニアです(>_<)ゞ

後、そうそうバーニーの言ったとおり、その後、巨星ドイツ人シューマッハが現れ更に、超新星黒人ドライバーハミルトンも現れ、共産圏ポーランド出身のクビサも活躍。F1も欧州ベースではなくより国際的になってますな
マニア的に後足りないものといえば・・・


日本人初のワールドチャンピオンだろ!!!

ドイツの若き才能スパで逝く・・・←クリック

ちなみに、映像は接触したJ.イクスの車載から
by lucky-takuma | 2007-07-21 19:06 | F1 | Comments(0)