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ラッキー琢磨の徒然草

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変更

ニキ・ラウダ(後編)

引退するよ。同じ所(サーキット)をぐるぐる回っていることに飽き飽きした。レースだけが人生ではなく、以前から考えていた航空会社の経営を始める。地元(オーストリア)のオーストリア航空はDC10しかもっていなく、ボーイングさえない。私がこれから始めるラウダエアは、いずれボーイングを所有出来るようにして、オーストリア航空より大きな会社にするつもりだ。


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1979年に突然の引退・・・そして実業家に転身。有言実行。実際、彼が起こしたラウダエアはボーイングを持つ規模になる。凄すぎるだろ・・・この人
そして、2年のブランクの後F1界へ戻ってくる。一度引退したF1に戻ってきたのは、会社経営の為の資金を調達するため。当時のドライバーとしては破格の年俸。そして、彼を口説きF1界へ呼び戻したのが、若き日のロンデニス(毛まだ、多少有り)


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そして、84年にラウダ・プロストのマクラーレン第一期黄金時代を築く。84年僅か0,5ポイント差で、チャンピオンを獲得。表彰台で、総合2位に終わったプロストに声をかける『来年は君の番だ』

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マニアの独り言・・・
そして、翌年の85,86年とプロストは2年連続のワールドチャンピオン獲得。月並みな言い方だが、84年のタイトルを失いはしたが、プロストはそれ以上の財産をラウダから受け継いだ・・・ってところですかな
もともと、この2人のコンビネーションは不安視されていたんです、あの2人が組んで上手く行くわけ無いと、ところが大方の予想を裏切りこの2人の関係は良好なままでシーズンを終え、ラウダは85年に完全に引退。プロスト曰く『私たちはお互いにとても、エゴイストだけど、ニキとはお互いをリスペクトしあっていた』と語る、ロン・デニスが、懲りもせず未だにジョイントナンバー1にこだわるのは、余りに上手く行きすぎたこの黄金時代の様なドライバー関係をもう一度築きたいとの思いがあるのかなと思う。

スーパードライバーのラウダ
弱体化していたフェラーリを改革、マシンの品質管理、メカニックの精度、強い車とチームを作った。マクラーレン時代はポルシェの幹部とやり合って予算の増額を引き出した。ラウダ以降プロストはマクラーレンをよりシステマティックにした。セナはホンダエンジンにはっぱをかけた。シューマッハはフェラーリを強くした。ドライバーが、速く走るだけでなくチームを引っ張る、車を開発する、そんな近代F1ドライバーに求められるものを、最初にF1界に持ち込んだのがラウダだと思う、それまでのただ車にのって速く走るだけのクラシックドライバーとはそこが違った。
ただ、速いだけじゃない・・・だから時代が変わり若く、速い才能が出てきても輝きが衰えることはない



レースをずっと見てると、速いドライバーっていうのは意外と多いんだよ。ただ強いドライバーとなるとこれが、なかなか居ないんだよ
by lucky-takuma | 2007-10-19 22:33 | F1 | Comments(0)